母は私を抱き、告げた。
「私はイブなの。今、廃村を探しているわ。」
そして再び走り出した。先に生まれた兄や姉がそれに無言でついて行く。
「廃村を探す?なんのために?今横切った荒野に鉄鉱石がいくつも落ちていたではないか。多数イノシシを避けて走ったそこは優秀な水場ではないのか。
ああ、今走っている草原はトウワタが群生している…。」
身動きも取れず、多くの言葉も発する事の出来ない今の私にできる事は、通り過ぎた地形とその位置をひたすらに記憶することしかなかった。
幸いに私は女の子として生まれた。家系の維持が可能だ。速やかに母の腕から脱出し、記憶した場所に戻り村の基礎を築くに充分な知識と経験はある。
決断の時までの時間は短い。このまま母と兄妹と共に廃村を求めて彷徨うか、それとも彼らのもとを去り新たな村を築くか。
「どうする…?」
その時、産声が響き渡った。妹の誕生を知らせる声だった。母は私を降ろし、妹を抱いた。
私は決断した。
逃げよう。
母の側には姉と今生まれた妹がいる。
母が生めなくなっても彼女達が代わりに生むことが出来る。運良く廃村を見つけられればそこで家系を繋ぐ事が出来るだろう。
私は、何も告げず何も持たずそっとその場から立ち去った。
その後私はあの場所に戻り、一人でも多く子を生むために適温を探し食料を揃え出産に備えた。
スグリを植え、土器を焼き、鉄器を作った。最初こそ子どもを生み、育てながらで非常に多忙ではあったがやがて自立した子ども達が其々が存続に何が必要かを考え実行していった。
「ママはここに居て!これ、食べてね!」
娘がシチュー鍋をセットしながら優しい言葉を掛けてくれる。
「鉱脈探してくるね」「僕も!」
息子達がリュックを背負い探索に出掛けていく。
「ママ!!孫だよ!」「ばあ ちゃ」
やがて枯れて託児所から離れた私を探し出し、孫の顔を見せに来てくれる娘達。
羊を連れてくるよと駆け出す自立した孫、鉱脈掘ったよと手押し車いっぱいの鉄鉱石を持ち帰るひ孫…
あの時、一人で枝をかき集め火を起こしたその場所は今やトウワタの花が咲き乱れ、スグリ畑には赤い実がたわわに実り、板敷きの託児所がある。
シチュー鍋とパイが尽きることなく設置され、生まれたばかりの子ども達が可愛い足音をたてながら動き回り、ママ達とお話をしている。
その光景を少し離れたところで眺めながら私は静かに眠りについた。いつまでもこの子孫達が幸せであることを願いながら。